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RRBCJの皆様
お車の調子は如何でしょうか。
車とは関係ない話なのですが、世界貿易センタービルのテロ事件に関して、興味深
い情報を入手しましたので、配信させていただきます。
私は仕事の関係でニューヨークにいくことが多いのですが、現地にいる銀行員の友
人が、事件当日の模様をメールしてくれました。内容は以下の通りです。
会員番号101:横田清泰
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今回のニューヨークのテロ事件に関しては、たくさんの方からご心配頂き、本当に
ありがとうございます。昨日は慌しく、きちんとしたお返事をすることもできません
でしたが、今回の事件を記憶が鮮明なうちに書きとめておきたいと思ったこともあ
り、改めて私の無事をお知らせすると共に、長くなって恐縮ですが、当時の様子を報告
させて頂こうと思います。
添付ファイルにしようかとも思いましたが、コピーしてそ
のまま貼りつけてしまったので、このまま送ります。もしこんな長いメール読む気が
しなければ、削除するなら今です(笑)。 (尚、失礼ながら、この記録は多方面の
方々に同じものをお送りする為、やや一方的な書きぶりになっておりますが、その点は
ご容赦下さい)
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9月11日(火)の朝、午前8時20分頃、いつもとほぼ同じ時刻にOne World
Trade Center60階のオフィスに出勤。出勤後は夜間に着信したファックスを見た
り、銀行内部の電子メールをチェックしたりするのが常で、当日もいつもと同じ朝
である。簡単なものにはその場で回答を済ませ、そろそろメールチェックも終ろうか
という時(8時45分頃)に、上の方で「ドドーン」というものすごい音がし、建物
の大きな揺れを感じる。 気のせいか、ちょうど飛行機で飛んでいるときにエアーポ
ケットに入ったような感じで、床が下に落ちこんだような感覚。思わず衝撃のあった方
向(ビルの北側の窓)に目を向けると、上の方からガラス片、金属片、それからたく
さんの書類のような紙片がばらばらと降り落ちていくのが見える。当時、派遣行員は
殆ど出勤しており、皆「何だ?」と言って、強い緊張感が走る。 窓から覗きこんで下
を見ると、たくさんのがれき、上層階から昇る真っ黒な煙。オフィスのあるOne
World Trade Center(北棟)の東側が広場になっており、その方向にある大会議室の
窓から下を覗くと、いつもの広場とは全く違う、がれきだらけの光景が目に入る。最
初に衝撃を感じてから、恐らく1分と経っていないだろうが、明らかに何かが起きた
ということで、全員避難を決定。皆、とるものもとりあえず上司の指示のもとに非常
階段の方に向かう。 何とか東京の本店、そして自宅に一報したいと電話にとびつく
が、「携帯あるんだからとにかく逃げろ」と声を荒げる上司。とりあえずContingency
Planや、救急用具の入ったバックパックを掴んでその場を離れる。もちろん、その
時はもう2度とこのオフィスに戻ってこれなくなるとは夢にも思っていなかったが…
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非常階段では、何が起きているのかわからなかったせいもあるだろうが、皆とても
落ち着いていた。順番を守って整然と歩いて降りる。時折、上層階で負傷や軽い火傷
を負った人(自力で歩ける程度)が降りてくると、“Let them go ahead”と誰から
ともなく声がかかるなど、他人を気遣う余裕もある。負傷者を見ることで、何かが起
きているという不安感が広がり、中には泣き出す女性も居るが、パニックというほど
ではない。 “Keep moving”(止まらないで)、“Everybody’s gonna be fine”(皆
大丈夫だから)と、他人に声をかけて励ます人も多く、過去の爆破テロの経験が生か
されているのだと感じる。途中、”It seems that there was another explosion”
(もう一つ爆発があったらしい)という話が耳に飛び込む。どうやらテロらしいという
噂も流れてくる。これがTwo World Trade Center(南棟)へのもう一機の突入
だったのであるが、その時自分ではまさかテロではないだろうと思い、延焼か何かによ
る爆発かと想像する。 そのうち消防隊の一団とすれ違い始める。ものすごく重い消防
服に、扉を壊したりするための重装備、上層階に閉じ込められているであろう人達を
助けるために、仕事とは言え危険なビルに入ってきている彼らを、皆拍手で送る。彼
らのうち、一体何人が再び地上に降りて来ることができたのだろうか…
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60階から地上階に降りるまでの時間はおよそ1時間強。避難開始当時オフィスに居
た仲間達はほぼ同じ時刻にオフィスを出たが、途中階で合流してくる人もあったこと
から、下に降りてくるころには多少の間隔が開いていた。私は行員の中では、ほぼ真
ん中あたりにいたはずである。半階くらい前に支店長と副支店長がいて、やはり1階
くらい後ろに別の上司と同僚がいた。下層階まで降りてくると、おそらく一気に歩い
て降りるのは難しかったのであろう、太った人、年配の人が何人か階段の外側のオ
フィススペースの中で、消防士に付き添われて休んでいる姿を何度か目にする。ビルの
5階くらいまで降りてくると、既に始まっていた消化活動のせいか、非常階段にもお
びただしい量の水が流れていた。
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地上階(広場のある階)で非常階段をでると、広場の景色はこれがワートレか、今
日自分が歩いてきたところとは思えない光景、まさに地獄絵図。金属片、がれきの山
の中に、間違いなく人間の体であろうと思われる塊、それまで冷静であった自分の背
筋に寒気が走る。とにかく落ち着こうと言い聞かせ、誘導されるままにエスカレー
ターを降りるとそこはスプリンクラーで水浸しになっていた。それまで汚れもせず、濡
れもしていなかったのに、そこで初めてびしょ濡れになる。まだ、濡れて汚れた服を
気にする精神的余裕がある。
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誘導されて9階建てのFive World Trade Centerの地上階出口から外にでると、
警察官や消防士に、止まるなと声をかけられそのままビルを離れる。途中ふと後ろを
見ると、自分がいた北棟だけではなく、南棟までが炎上している。信じられないよう
な光景に驚くと共に、その時初めてテロだという話が事実であることを確信する。事
故であれば2棟同時になんてことはないからである。ほんの少し後ろを歩いていた上
司、同僚と合流し、先に出ていた副支店長から、「派遣行員は予定通りバックアッ
プサイト(ワールドトレードセンターから8ブロック南のビルに用意してある緊急時
用のオフィス)に集合」するよう指示をされ、そちらに3人で向かうが、最短距離で
迎える道は既に封鎖されており、回り道を余儀なくされる。歩いていると、この惨事
の中で通常どおり営業しているデリがあり、同僚と顔を見合わせて思わず「すっげえ
なあ」と笑う。
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ビルを出て10分から15分くらいして、ちょうどWall Streetの証券取引所のわきを歩いていた時、
後ろからものすごい轟音が襲ってくる。後ろを振り
返るが他の建物の影でツインタワーは死角で見えない。3番目のテロではないかと直
感する(実際は南棟の倒壊)。音はどんどん近づいていてくるが、走って逃げたその
先に飛行機や爆弾でも落ちてきたらもう助からないと思い、生まれて初めて「死ぬか
も知れない」ことを覚悟するといろんな記憶が鮮明に頭の中を巡る。同僚と声を掛け
合って物陰に体を隠すが前からも後ろからものすごい粉塵が襲って来る。思わず上
司と同僚と3人で、一番近くにあったビルの中に飛び込む。ビルに入って後ろを見る
と、火山の火砕流のような煙がビルの前を走りぬけ、まだ外にいた人の姿があっと
いう間に煙の中に消える。ビルの中では、やはり避難してきた人が地下のフロアに降
りていて、およそ50人くらいの人が休んでいた。我々も外に出られない以上そこで
しばらく待機することにした。
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とにかく、情報が錯綜。逃げこんでいた人も、何がなんだかさっぱりわからないと
いった感じである。外にいるときからずっと携帯電話でバックアップサイト、自
宅、日本をかわるがわるコールしていたが全く繋がらず、先に出た人達が果たしてバッ
クアップサイトに行けたのか、ビルのすぐ外で指示をするために残っていた副支店長
はじめ後ろにいた人達が大丈夫だろうかとものすごく心配になる。事件がちょうど出
勤時間帯であったため、ローカルスタッフの中には事故当時エレベーターの中にいる
人もいたのではないか、エレベーターが止まって閉じ込められた人はいないか等、悪
い予感が次々と起こる。そのうち、ビルの中に別の一団が避難してくる(これは2棟
目の倒壊のとき)が、そのうちの一人から、”Both towers have collapsed”という
とても信じられないことをきく。自分達が逃げこんだのが1棟目の倒壊時であったこ
とをこの時理解したがとても信じられない。あの大きなビルが倒壊するとは… 後ろ
に居た仲間達のことがますます気になる。とにかく無事を祈るが、100人以上の行員
を抱えるオフィスである。現地スタッフも含めて全員が無事で済むことは奇跡でも起
きない限り無理だろうという思いがよぎる。
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ビルに逃げ込んでから、自分が緊急用のバックパックを持って来ていたことを思い
出し、中に入っていた防護マスクを周りに居た人達と分け合う。濡れタオルや水など
も配られる。そのうち外の煙も少し収まり、外に出られるようになったというのでと
にかくもう1度バックアップサイトを目指そうということになる。歩きながらも携帯
をかけ続けるがやはり繋がらない。しかもバックアップサイトに向かう南行きの道は
どこも閉鎖されていて近寄れないため、とにかく煙の来ていない北側に歩くことにす
る。
バックパックに入っていたラジオを聞いていると、ようやく少しづつ何が起き
ているのかが明らかになってくる。旅客機がハイジャックされて、そのうちの2機が
WTCに飛びこんだらしいということ、ペンタゴンでも爆発があったということ…。
しかしあまりの内容に、ラジオを聞いてもまだ信じられない。チャイナタウンを抜け
るころやっと電話もタイミングが良ければ繋がるようになり、自宅やバックアップサ
イト(派遣行員、現地行員あわせて約20人がバックアップサイトに辿り着いた)、
国際電話も繋がるようになって、やっと自分が無事であることを伝えることができ
た。気がついたら既に時計は既に1時近くになっていた。
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その後、バックアップサイトに戻る算段をしたり(結局は入れず諦めて自宅に向か
うことになりましたが)、ローカル行員の安否の確認をしたり、一日終るまではもっ
と長かったのですが、とりあえず「避難記録」と呼べるのはこのあたりまではないか
と思います。
今回の事件の場合、とにかく私は強運だったとしか言い様がありませ
ん。あと20分通勤が遅かったら(実際にそういうときもあります)私は広場の真ん中を
歩いていたはずですし、飛行機があと20階〜30階下を飛んでいたらオフィスは直撃
だったはずです。非常階段を降りるのにあと15分余計にかかっていたら、最初のビル
の倒壊時に逃げることができたかどうか…。全くの無傷でいる事が信じられず、人の
命とは紙一重なのだということをこれほど強く感じたこともありませんでした。
自宅に戻ってから、本当にたくさんの人が私のことを心配して電話をかけてくれたりメー
ルを送ってくれたりしていたことを知り、感謝の思いでいっぱいです。他行勤める知
人(日本人)の安否がまだわからなかったり、今後のことがまだ全くわからないな
ど、不安なことも多いのですが、とにかく命だけはあったのですからなんとか頑張ろう
と思っています。
心配してくださった皆さん、本当にありがとうございました。
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